東神苑
明治時代末期〜大正時代初期
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枝垂桜と東山を
借景にした、
水辺の極み

京都御所から移築された泰平閣(橋殿)並びに尚美館(貴賓館)があり、広大な栖鳳池には、鶴島・亀島の二島を配し、その周囲には八重紅枝垂桜をはじめ、さつき・つばきなど多様な花木が植栽され、水面に写る花々は格別の風情を醸します。





また、東山を借景とした神苑は、明治時代を代表する名庭です。

東山
京都盆地東側の山並みと山麓地域を指す名称。比叡山から稲荷山までを範囲とし、東山三十六峰として都の景観を特徴づける。
つばき
さつき
亀島

鶴島

栖鳳池

大正時代
大正天皇の即位(1912)から崩御(1926)までの約15年間。政党政治の発展や大正デモクラシーが進む一方、第一次世界大戦や関東大震災などを経験した時代。
明治時代
王政復古により天皇親政が開始された時代。慶応4=明治元年(1868)の明治維新から明治天皇崩御(1912)までの45年間を指す。
江戸時代
徳川家康が慶長5年(1600)関ヶ原の戦で勝利を占め、1603年幕府を江戸に開いた頃から、慶応3年(1867)徳川慶喜の大政奉還に至るまで約260年間の称。徳川時代。
七代目小川治兵衛
京都の作庭家で屋号「植治」の中興的存在。琵琶湖疏水や東山借景を活かし、無鄰菴や平安神宮神苑などを作庭。伝統的な作庭技術と近代的感覚を融合させた「植治流」を確立した。1860-1933。

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